被災地支援(新潟中越沖地震)

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2007年7月17日、深夜0時過ぎ、当院の災害医療・防災対策研究班のメンバー3名が新潟方面の被災地に向けて出発しました。病院で飲料水、カップ麺、医療品などを積み込んで夜を徹して北陸道を走りました。北陸道は姉崎ICから米山ICが不通になっており姉崎でおりて柏崎市を目指しました。
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被災地が近くなると高速道路も波打っているような場所が増えてきます。

17日朝8時前に柏崎市街に到着、役所前には報道、自衛隊などの車がありました。道路の各所にひび割れや隆起している部分があり交通規制されています。
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住宅街に入ると主に古い木造家屋が倒壊、灯篭や壁が崩れています。線路もぐにゃぐにゃと曲がっていました。
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 役所近くの医院へ行き、人手が足りているか、何か手伝えることはないかを聞きました。
特に傷病者があふれている状況でもないし、大丈夫とのことだった。みんな職員は出勤してきているのだなぁ、と感じました。役所に行き、支援に来たことを申し出ました。
ボランティアの受付は別の場所でやっていると言われ、連絡を取ってくれた。日赤のスタッフと行動を共にするよう指示され、その場所まで移動した。しかし、そのような連絡は入っておらず、「昼過ぎまで待機してほしい」とのこと。「今日は、支援物資などの仕分けをしてもらうことになる」とのことであった。
 被災直後の一番大切なときに待機状態になることは不本意・・・。
リーダーとも相談し、独自の判断で倒壊家屋の多いところへ行き、何かすぐに出来ることをしていこうということになった。
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 自治会の会長をしている方と知り合いになり、色々と話を聞いた。役所まで水を取りに行けないお年寄りや乳幼児のいる家庭では思うように身動きが取れないということでした。
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 写真のように倒壊の危険がある家屋には「危険」と記された赤い張り紙が貼られています

会長さん宅付近で持ってきたカップラーメンや水、お茶、おにぎりやパンをお年寄り中心に配った。あと、道をふさいでいる石壁などの周辺の片付けを近所の人々と共に手伝わせていただきました。特に看護師らしいことはあまり出来ませんでしたが、状況に応じて出来ることをしていくことが大切であると感じました。
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 18日現在、周辺地域からかなりの援助物資が供給され、支援体制も整いつつあるようです。

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この記事へのコメント

2007年07月19日 09:11
御疲れ様でした。。
被災地の大変さや、悲惨さは・・現地に行って見ないと実感しにくいなぁと思う毎日です。
テレビでの報道などでは毎日みてますが・・。
今朝のニュースでは救援物資もだいぶ行き届き始めたようですね。でも暑くなる時期なので避難所での生活は過酷なものですよね。。
ライフラインが早急に復旧するといいですよね。。
2007年07月19日 15:09
yumikoさん、コメントありがとうございます。
ほんの短い期間でしたが、かなり疲れました。
帰ってきて、一日中バタンキューでした。
倒壊した家屋を目前にすると圧倒されますね
我が家も多少なりとも真剣に地震対策をしなければ・・・、と思う今日この頃です。
2007年07月19日 16:19
こんにちは。
今日未明に私たちの病院からも支援隊が出発しました。先に現地に入っている仲間からですと、物資はかなりそろってきているとのことです。
 GAKUさんの画像をみるとやはり約2年前の大震災と同じかそれ以上の被害と感じます。新潟は本当に地震の危険性が高いところだと、つくづく地元ながら感じている毎日です。

 地震対策・・・真剣に講じたほうがよいのかもしれません。ちなみに、非難用具で一番あるとよいものそれは、生理用品・トイレ用品のようです。
hbar
2007年07月19日 17:06
お疲れ様でした。被災地は大変ですね。GAKUさんのブログ拝見しますと一番の防災対策は行政組織の柔軟性を作ることかもしれないと思います。社会全体が機能不全なんでしょうね。それで年金問題のような事も起きるんでしょうね。
2007年07月19日 21:54
noiceさん、コメントありがとうございます。
亡くなられたには申し訳ないのですが、今回は倒壊家屋が多い割りになくなられた方が少なかったように感じます。また、前回の地震のように病院のロビーまで負傷者で埋め尽くされるような状況も見受けませんでした。倒壊した建造物に取り残された人が多い場合には、重機の搬入と救命が最優先になってもっと物々しい状況になっていたのではないでしょうか。
 あと、これが真冬でなくて良かったとつくづく感じました。避難生活を送られている方々の一日も早い元の生活への復帰を願います。
 noiceさんのところも色々と大変でしょうが、無理をせず頑張ってくださいね。
2007年07月19日 22:10
Hberさん、コメントありがとうございます。
行政や自治体が24時間以内にライフラインや通信が途絶えた中で状況を把握し、初動体制を整えるのは大変なことだと思います。周辺地域からの支援を統括することも大変なことですね。
 私たちが経験した情報の行き違いも止むを得ないような気もします。
 非常に関心したことは、やはり現場での被災者同士の協力や助け合いです。
 私たちの差出したおにぎりに「向こうにつぶれた家が沢山あります。もっと、困っている人たちがいるから、その人たちにあげて下さい…」と言った人の気遣いに感動しました。
のんちゃん
2007年07月23日 00:03
すぐに被災地迄の長距離を、車を運転しながら行かれたという事は災害援助隊としては、的確な判断だったと思います。一分・一秒でも早く助けて欲しい方が、どれだけ多くいた事でしょう。実際には看護と違う内容の事でも、被災者の方は嬉しく安心されたのではと思います☆^-^☆
2007年07月23日 14:04
「のんちゃん」さん、いつもコメントありがとうございます。看護っていったいなんでしょうね。看護師なのにいつも自問自答しています。
人の心を癒すことも看護…、でも心を癒されたのは援助する側かもしれません。医療介助から介護、整理整頓まで看護の範疇に入ります。
看護師でない一般の人だって知らず知らずのうちに看護らしいことをやっています。
 人としてその人のために出来ることをやっていく医療や看護の原点、人としての関わり合いの原点だと思うのです。

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