1995.1.17  マリーナの記憶

暑い8月の夕刻、神戸三宮の公園にマリーナはひっそりと優しい笑みをたたえていました。
あれから・・・17年の月日が流れ、神戸の人々の苦難が夢であったかのように・・・。

画像


しかし、大切な人を失った人々の癒えぬ心の在処(ありか)を指示すかのようにマリーナは5:46で止まったままの時計を静かにみつめています。

1995年1月17日、5時46分 神戸の街がM7.5の直下型地震に襲われたました。

阪神淡路大震災です

そして、2011年3月11日、東北地方を襲った観測史上最大のM9.0 の東日本大震災、地震の大きさもさることながら、高さ20mにも及ぶ巨大な津波は約2万人の死者・行方不明者を出し、壊滅的な被害を与え、一年以上たった今も復興は緒につき始めたところです。

地震災害に大きな関心が寄せられている昨今、娘は地震をテーマにした課題にこの半年をかけて取り組んでいます。 夏休みの機会を利用して、神戸を訪れました。

画像


目指したのは、阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター です。

激しい揺れを再現したシアターでは、当時の恐怖がよみがえると共に次々と倒壊する家屋やビル、そして押し迫る炎に涙があふれそうになりました。

画像


そして、言葉では言い表せないほどの困難な状況の中で支え合い助け合う人々の姿にまた込み上げてくるものを感じ、減災への思いを新たにしました。

画像


多くの記録や資料が展示されています。

課題研究の資料を熱心に集める長女は、震災の時、まだ生まれていませんでした。
ここでの記録や映像をみて、何を感じたのでしようか。

画像


地震や被害のデータも課題を作成する上では大切ですが・・・、

被災した人々が困難に負けず助け合いながら復興してきた、人の強さ、温かさ、優しさ、絆 を心に刻み込んで欲しいと願いました。

画像


センター2階の体験フロアでは、建物の免震構造や耐震構造について模型をつかったシュミレーションができたり、液状化現象のしくみが理解できたりします。

地震のマグニチュードや震度についても模型イメージをつかって分かりやすく説明してあります。

画像


そして、東日本大震災の3Dドキュメンタリー映像が見れ、復興支援ボランティアの様子が写真展示してあります。震災復興体験豊富な神戸の人々の活躍が記録されています。

人と防災未来センターをあとにして、娘に見てほしい場所がありました。
少し、疲れ気味ですが、三宮方向に移動しました。

神戸らしいおしゃれな店が立ち並ぶフラワー通りを南へ進むと、雰囲気の良い公園に着きました。

画像


ここには、阪神・淡路大震災の慰霊と復興モニュメントがあります。

公園の中ほどに、皇后陛下が詠まれた御歌の碑があります。

画像


 「笑み交はし やがて涙のわきいづる 復興なりし 街を行きつつ」

皇后陛下は、震災直後の1月31日に被災地を視察されたのをはじめ、平成13年、17年と被災地を訪問されたとのことです。平成17年1月に神戸の市街地をご視察された皇后陛下が、街で出会う人々と笑みを交し、復興の喜びを分かち合われながらも、それぞれの人が越えてきた苦難を思い涙ぐまれた記憶を詠まれたものだそうです。

少し進むと、1.17 希望の灯りがあります。

画像


画像


あの日を忘れない、大切な人々、絆を忘れないために・・・、 絶え間なく復興の灯りは静かに人々の心を照らします。

画像


その傍らで、幸せそうに遊ぶ親子・・・、「大変な時を乗り越えて、今があるのだなぁ」と感じます。
奥に暑い日差しに涼を与えるすずしげな噴水があります。

画像


その地下には・・・

画像


阪神・淡路大震災で亡くなられた方々、一人ひとりの名前が刻み込まれたプレート板があります。

画像


噴水が流れ落ちる部分から光が差し、被災で亡くなられた尊い命を照らします。

画像


阪神・淡路大震災、東日本大震災で奪われた尊い命を深く思い、ご冥福を祈り、慰霊と復興のモニュメントを後にしました。

画像


来るときは、全く気付かなかったのですが・・・
公園の入り口付近まで戻ったとき、金色に光る美しい像がみえてきました。

画像


時計を抱えていますが・・・、なんだか現在時刻とは異なる時間を指しています。

5時46分

マリーナ像 「阪神・淡路大震災の記憶」 とあります。

画像


マリーナは、あの時の記憶を刻むかのように、悲しくも、優しく暖かいまなざしで5:46を指したままの時計を見つめています。

"1995.1.17  マリーナの記憶" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント

QRコード