鉄道掘り出し写真 (特急「みどり」関西と九州を往復していた頃)

昭和40年代、九州から関西へ多くの特急や急行、夜行列車が往復していました。
大阪と長崎方面を結ぶ「かもめ」、「みどり」がありました。
行程が全線電化になるまで車両はキハ82で運用されていました。

画像


山陽新幹線開通後、これらの特急は九州内での活躍となっていきます。

これでブログ横のアルバム「懐かしの特急たち」の写真はすべてブログ内の記事に出そろいました。

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この記事へのコメント

よんちゃま!
2011年09月07日 06:24
東海道新幹線が開通するまで・・・・「特急こだま」で使われていた車両と同じ? ちなみに私が生まれたときには 「新幹線」が開通していたので(だと思ったけど・・)この車両を「リアルタイム」では 見たことありませんね!(「こだま」として・・・・)
フロント部分を「流線型」にしたら・・「新幹線」って感じるのは・・・私だけ?(「国鉄特急車両進化の過程」・・・ってこと?)
よんちゃまへ (GAKU)
2011年09月07日 08:17
よんちゃま、コメント有り難うございます。
新幹線開通以前、「こだま」型車両として登場した電車特急は画期的でした。夢の超特急(新幹線)が開通してからは、この手の特急は、走る距離が短くなっていきました。この形の車両485系のボンネット型車両は「雷鳥」や「能登」という特急で昨年ごろまで使用されていましたが…、もう在来線で見ることはなくなりましたぁ。新幹線は、在来線とは、線路の幅やつくりが根本的に違いますが、スピードと快適さを求め始めた基礎になったかもしれませんね。
2011年09月07日 11:31
山陽新幹線が岡山や博多開業前は、山陽本線は特急・急行の街道筋でしたね。みどりも関西まで足w伸ばしてた時代があったのですね。
としおちゃんへ (GAKU)
2011年09月07日 18:04
当時の山陽線は賑やかでした。地方の特急・急行がみな、大阪まで来ていました。
今は、新幹線の時代ですね。
2011年09月07日 19:45
今は九州内でひっそりと走っている感じがする「みどり」ですが、国鉄時代は本州は大阪まで乗り入れてましたね。
当時は食堂車も連結していたようだし華やかな時代でしたね。
2011年09月07日 21:42
平成が23年になっても、この昭和デザインは光りますね~。
JR東のデザイナーも、もう少しこれを見習ってもいいのではw
気ままさんへ (GAKU)
2011年09月07日 21:48
気ままさん、コメント有り難うございます。
特急「かもめ」は、「白いかもめ」で今も印象に残り、存在感がありますが、「みどり」は随分と影が薄いような感じがします。
ogaogaさんへ (GAKU)
2011年09月07日 21:54
ogaogaさん、コメント有り難うございます。
この国鉄型の特急のスタイル、塗装は、いいですね。昔はこれがあふれていいたので当たり前だったけど…、なくなってみるとカッコいいなぁとつくづく思います。
 モーターの性能が昔と比べて格段に向上し、床下に収まってしまえば…、今後、ボンネット型の車両は登場しないってことでしょうかねぇ。
2011年09月07日 22:10
こういった特急の全盛時代を見てないけど、さぞかし大忙しで駅を行ったり来たりしてたんでしょうね。
銀さんへ (GAKU)
2011年09月07日 22:29
銀さん、コメント有り難うございます。
今、思えば…、ひっきりなしに発着していたね。明星だけで7往復、深夜の大阪駅では東京発着のブルトレが往復すべて停車、運転停車してたので忙しかったよなぁ。
2011年09月08日 23:35
貴重な写真ですね。まだ山陽新幹線開通前のワンシーンですね。

485ボンネットは私も雷鳥で大学時代お世話になりました。最後まで ピカピカな姿だったと思います。
しゅうさんへ (GAKU)
2011年09月09日 06:57
しゅうさん、コメント有り難うございます。
私たちの世代にとってなじみ深いこの車両ももう過去のものとなってしまいましたね。
たくさん走っていた485系雷鳥もなくなったなんて…、時代の流れですね
naotto
2011年09月11日 00:03
GAKUちゃん、いい写真をたくさん持ってるね。
いつも楽しみにしてます。
それにしても、かもめやみどりがかつては関西と長崎方面を結んでいただなんて驚きです。
そうかぁ、キハ82で頑張ってた時期もあったのか、すごいや。
JNRの特急たちは輝いていたんやね。
naottoさんへ (GAKU)
2011年09月11日 00:19
naottoさん、コメント有り難うございます。
昔は、一世をふうびした国鉄の特急たちも新幹線にお株を奪われた形ですね。止むをえませんが…。まあ、考えてみれば、今、新幹線で西へ東へと往来している多くの人々が在来線を利用していたんだからねぇ。当時、夜行バスも発達していなかったし、飛行機も敷居がたかかったから。
あさかぜ
2011年09月14日 18:10
僕にとっては「みどり」といえば 「かもめ」と併結のミニ編成のイメージですが 優しい名前に似合わずこんなに堂々としていた時代があったのですね。直流交流ディーゼルを問わず 国鉄特急色は本当にカッコ良かったですね。JRにも国鉄の佳き伝統だけは受け継いで欲しいと思います。鉄道車両は日本の風景の一部なのですから…。
GAKUさんの鉄道写真 国鉄特急モノに限らず楽しみにしています。これからも 続けて下さいね
あさかぜさんへ (GAKU)
2011年09月14日 23:47
あさかぜさん、コメント有り難うございます。
近畿圏では、原色国鉄色の特急は、183系の「こうのとり」を残すのみとなりました。あっ「日本海」も…。鉄道記事は、おかげさまでたくさんの方が見てくれるのでこうして続いているのだと思います。ネガのまま眠っている写真があとフィルム数本分と今までアップしてきた写真のチョイス漏れを出し切るとこの「鉄道掘り出し写真」も終了です。
 在庫がある限りピンボケ・ブレ物も少々のものなら使います。
 今後ともよろしくお願いしますね。

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