自己を律し、感謝の気持ちを持つということ

家内が入院となり、父子家庭となって半月がたちます。
仕事前に2人の子供達を最寄の駅まで車で送っていますが、私は夜勤もあるわけで…。

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いつも車で送ってもらっている子供達は、「送ってもらうことが当たり前」の毎日です。

しかし、私が夜勤になり、近所の親戚も都合がつかなければ、自力でなんとかして駅に行かなければなりません。

駅まで早歩きで15分

子供達は、車で送ってもらえないことに不満炸裂です。

ただでさえ、朝暗い時間帯から自宅を出ているのに、自分でいつもより早く起きて駅まで歩かなければならないことにどうしても納得いかないようでした。

グズグズと不満を言い、ついには「なぜ、親戚の人は送ってくれないのか」という始末・・・。

自分の時間をさいて好意で送ってくれる人にまで不満を吐く。

しかし「本来、自分のことは自分で対処して何とかすることが当たり前」

普段、やってもらっている好意に感謝すらできずに、逆に不満を言うのは非常にまずい。

親が、子供のためと一生懸命にやっていることが甘えの土壌を知らずに作ってしまっていたのか。

できることを子供にすることは、親の義務でもあるが、そのような環境が得られず、本来自力で対処すべきことをそっちのけで不満を言うのは、良くない。

長男には、通学は本来自分自身で行くことが、当たり前の事だと言い聞かせた。
はじめは、泣きべそをかいていたが、自力で歩くことを覚悟したようだった。

自分のことを自分ですることは、当たり前だが、しんどいことでもあることを認識できるはずである。

その上で、車で送ってもらえるという好意に触れたとき・・・、

心の底から文字通り、「ありがとう」という感謝の言葉が出てくるのである。

そして、車で送った人も心から「また、送ってあげよう」と自然に思うことができるのである。プラスの連鎖

しかし、これが「なんで、送ってくれないの」と自己を律することを忘れて不満げに言ったとしよう。
送る人は、「こっちも色々あるのに何でアンタに言われて送らないとあかんねん、自分で行けや」と思いながら送るでしょう。
お互いが不満、負の連鎖

「車で駅まで送ってもらう、送る」という同じ行為なのに、心模様は180度異なるものになります。

心の持ち方で 好意は強制 となり、 感謝は不満 となります。

車で送ることをもし断られたら、自己への甘えは逆に逆恨みや強い批判となる可能性もあります。

昨今の悲惨な事件やトラブルには、このようなことも背景として一部あるのではないでしょうか?

その夜勤明けの朝は、親戚の者が送っていくと言ってくれていました。

しかし、送ってもらう事が当たり前になり、「どうせ、誰かが送ってくれる」という態度は、これから先、子供達の将来にとってマイナスにはたらくと判断しました。

 早く起きて、自力で駅まで歩くよう覚悟させ、もし「送ってくれる」と言ってもらえたら、好意に甘えなさい…

と言いました。

自己を律すれば、自然と感謝の言葉がうまれ、プラスの連鎖が生まれます。

たくましく生きてゆく、子供達の将来を願って・・・



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この記事へのコメント

2008年12月16日 13:25
こんにちは~
ご子息様、今のうちに歩き癖つけといたほうがいいですよ。20年、30年後にメタボが待ってます。私の場合は、20代、30代のときの車付け生活がたたり、見事にメタボ人生送ってますから(爆)
2008年12月16日 20:28
としおちゃんへ
歩いたり、運動の習慣は、大切ですねぇ。
ついつい、食べ過ぎたりする癖がつくとあっという間にメタボになります。
私も子供達のあまり物をもったいないからと処理していると以前の引き締まった身体は何処へやら…,です。
2008年12月17日 12:31
同じような事が立派な大人達にも言えると思います。
この世の中は自己中の人間ばかり、自分中心で物事を考えてしまうから人間関係にもひびが入り余計なトラブルを起こしてしまう・・・
お互いが相手を思いやり感謝の気持ちを少しでも表すことが出来れば、このようなトラブルを回避出来ると思います。
日本人が昔から持っているはずの相手への思いやり、感謝の気持ち大人の自分たちが忘れてはいけないし、子供達にしっかりと伝えていかなければいけないことですね。
2008年12月17日 18:02
きままさん、いつもコメントありがとうございます。
気ままさんのおっしゃるとおり、大人も自己中心的な人が、昔に比べて増えているような気がします。こんなことを言うようになったら、自分も年寄りになった証拠なのでしょうか。
 私が子供の頃、欧米諸国の自由で個人を尊重し自己の主張を強く出すという風潮がもてはやされた時がありました。なんだかこの頃から少しずつ、日本人独特の個性というか、何か大切なものが物の豊かさと共に失われつつあるような感じがします。自己の権利ばかりを主張することが多いような感じもします。
 私は、ティータイムの時間をつくり、たわいもない家族の雑談の中から、このような事柄を話し合ったり論議することが、学校の勉強と同じくらい大切なことだと思っています。
このような事柄は、学校の道徳の時間などでも取組みますが、基本的には生活の基盤である家庭の役割だと思います。
momo
2008年12月19日 06:49
GAKUさん
おっしゃるとおりです。私も全く同感です。しかしながら、我が家では・・・
たった今、私の息子は家内に車で、最寄の駅まで送ってもらいました。私は、日ごろから、”スポーツやってんねんやったら、自分で駅まで自転車か、走ってでも行ってこい!”といっているのですが・・・家内があまい!今晩また小言を言うことになりますが、このブログを見せます。
いいですか?
2008年12月21日 14:23
momoさん、いつもコメントありがとうございます。返事が遅くなりすいません。
なんだかバタバタいそがしくしておりました。

しかし、自分を律することは、大人にとってもなかなか大変なことで…、時にはそういうことを子供達に話すことも大切です。
 親が送迎可能なときは、してもらってもいいと思います。ただ、どうしてもできない状況や色々な用事が重なったとき、「明日、自分でいってくれるか」、といったときに不満を吐くのではなく、「いいよ」って笑顔でこたえてくれれば助かります。
 今日もこれから夜勤に出ますが…、
「明日も自分で準備して一人で行けよ」というと「もう、慣れた。大丈夫」と言ってくれました。長女は「べーっ、わたし、もう冬休みだも~ん」だって。
2008年12月24日 20:23
こんばんは。
いつもコメントありがとうございます。
うちも、甘やかしすぎかなぁ~
本当の「ありがとう」を知らない。。。
大変な時期ですが、
子供には良い体験になってますよね。
今後の成長が楽しみですね。

2008年12月24日 22:02
うめこさん、元気玉ありがとうございました。
元気をもらって頑張りますね。
家族ってのは、楽しいことも苦しいこともみんなで助け合いながら乗り越えていくものだなぁと最近つくづく思います。
 今回の色々な事も神様が子供達の成長のために用意した人生のレッスンなのかもしれない、思えるのです。
2008年12月25日 11:13
久しぶりに遊びに来ました。自分も看護研究で忙しかったもので・・・。
最後に見たのは、フェアレディZが復活した記事だったので、その後家のこと、居候の方、入院などの出来事があったことを知り、びっくりしてしまいました。そんな大変な中で、お仕事をされて、私のブログにもこまめにコメントを書いてくださって。本当に感謝しています。
自分には子どもはいないですが、GAKUさんのお考えには共感できますし、とても参考になります。また遊びに来ます。
2008年12月25日 17:10
急遽指名された看護研究、ストレスも大きく大変だったと胸中をご察しいたします。
 うちも、その間に上に下にと大変な毎日でした、まだ現在進行形ですが…。
10月、11月は、この先どうなるのかと気持ちが落ち込んだりもしましたが…、あまり深刻に考えないようにしています。
今を大切にプラス思考で真っ直ぐ進みます。
子供達にも、私自身も、自分を見直す良い機会になっているのかもしれません。

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